相ですね
相[aspect]についてです.
言語に興味を持った契機がjboで未だにjboの構造への感動が失はれてないので, 人間言語*1を自作するときも述語から項を引き出す感じになることが多かったのですが, これだと相が私に扱ひかねると最近感じてゐます.
例示
{dunda} "x1 gives x2 to x3"*2で考へます.
これに相を明示して命題を作ると, 例へば{ko'a ko'e ko'i ba'o dunda} "甲が乙に丙を與へおへた"になります.
一體何が終はったのでせう.
{ko'a ba'o dunda}の場合
{ko'i te dunda}
どうなってるか全く判りません. {pu'o}かも知れないし, {ca'o}かも知れない.
{ko'e se dunda}
直感的に
- {ko'a xo'u dunda} XNOR {ko'e xo'u se dunda}
- {ko'i mo'u te dunda} XNOR {ko'e mo'u se dunda}
と思ひます. なれば少なくとも{co'a}以降であると言へそうです.
{ko'i ba'o te dunda}の場合
{ko'a dunda}
我々の"与えられる前に受けることはできない"なる常識によって{ba'o}と思はれます. そこに統語論的判斷は有りません.
{ko'e se dunda}
上述の理由から, こちらも{ba'o}でせう.
自作言語への案
斯樣に, jboの"1述語から多數の項を引き出す"ことを可能にする"複數の事象を1つの事象に纏める"行ひは, 相に關して話をややこしくします.
{dunda}の中には既にx1からx3へ向かふ時間の流れが生まれてゐます. x2の相はx1, x3のそれに依存してゐます.
個人的には, "give1, give2, give3なる個別の單項述語についてそれらの關係giveが與へられる"みたいな構造が好いかなと思ひます.
以上です.*3